3.11.特集(俳句結社誌「春耕」(2016年3月号掲載)

東日本大震災を風化させない俳句力

                               松谷富彦(春耕同人)

 岩手、宮城、福島三県を中心に大災害を引き起こした東日本大震災(二〇一一年三月十一日)から間もなく五年の節目を迎える。仙台市の東方沖70㌔の太平洋の海底を震源として発生した地震規模は、マグニチュード9。日本周辺では観測史上最大の地震となった。

 地震にともなって発生した大津波も加わり、被災による死者の数は約一万九千人に達しただけでなく、福島第一原子力発電所の原子炉溶融の事故を誘発する最悪災害となり、被災地復興を妨げている。

四肢へ地震ただ轟轟と轟轟と    高野ムツオ

 俳句結社「小熊座」主宰の俳人、高野ムツオ氏は、地震があった三月十一日午後二時四十六分、その時を書く。〈 私は仙台駅ビルの地下で、かつての教え子たちと食事をしながら歓談にふけっていました。突然、地の底からわき上がるような恐ろしい音に襲われ、思わず耳をふさぎました。同時に初めて経験する激しい揺れ。今度は、テーブルにしがみついて、やっとの思いで体を支えました。…このままビルが潰れ生き埋めになる。そう覚悟を決めてまもなく、なんとか地震は鎮まり始めたのでした。… 〉(『時代を生きた名句』NHK出版刊)

 二年後、高野氏は震災の瞬間から一年余りの間に詠んだ多数の震災詠を含む第五句集『萬の翅』を上梓する。同句集は、第四十八回蛇笏賞を受賞、戦後生まれ初の同賞受賞者となった。震災詠から引く。

地震の闇百足となりて歩むべし

膨れ這い捲れ攫えり大津波

瓦礫みな人間のもの犬ふぐり

鬼哭とは人が泣くこと夜の梅

陽炎より手が出て握り飯掴む

みちのくの今年の桜すべて供花

犇めきて花の声なり死者の声

ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマ花の闇

春天より我らが生みし放射能

震災地の句友から届いた震災詠 

高野氏は『時代を生きた名句』の序章「災禍を超えて」で、二人の句友から届いた震災詠を紹介している。

寒昴たれも誰かのただひとり  照井 翠

〈 翠は岩手県釜石で高校の教師をしています。被災したのも高校でした。「数千のくるった悪魔が地面を踏みならしたような地鳴り、それに続く凶暴な揺れ」に襲われたと回想しています。パニック寸前の四百名の生徒とともに校庭、その後体育館へと移動しました。それからのち約ひと月ほど、地域の避難者とともに避難生活を送りました。…〉

孑孑に会ひたるのみの帰宅かな  小原啄葉

〈 盛岡に住む小原啄葉の『黒い浪』(の中の一句)です。 あとがきに「災害の俳句はもとより難しい。言葉の力にも限りがある。しかし、あの恐怖、あの惨状を少しでも伝えおくため、あえて一書をまとめることとした」とあります。…帰宅とは本来心安らぐ、この上なくうれしいものであるはずです。それは笑顔で迎えてくれる家族が居て温かい食事や布団が待っているからです。しかし、それらすべては消え失せ、会うことができたのは手水鉢か用水路で孵化した孑孑だけだったという落胆に、なにもかも失ってしまった人の悲嘆の思いが重ねられています。〉

 そして、高野氏は次の句も紹介する。

  三月十日も十一日も鳥帰る   金子兜太

〈 被災地から少し離れた埼玉県熊谷に住む金子兜太の句です。三月十日と、予想だにしなかった悲劇が起こった十一日とを、そのまま並べたものです。三月十日は二通りに読めます。何事も起こらなかった、そして、まさか惨憺たる日が次に控えているとは夢にも思わなかった平凡な一日とする読み方です。もう一つは、東京大空襲があった昭和二十年三月十日とする読み方です。どちらに読んでもいいでしょう。…〉

確定死刑囚が被災地を偲び綴る詠句

 企業連続爆破事件の主犯の一人として、処刑の告知を待ちつつ独房生活四十年を数える確定死刑囚、大道寺將司にとっても未曾有の災害は、深く心を抉る出来事だった。震災の翌年に作家で詩人、俳人の逸見庸氏の強い説得と推挙で出版した第三句集『棺一基』(大田出版刊)で被災地と被災者に思いを馳せた震災句を多数詠んでいる。十句を引く。

揺れ強く壁鳴り止まぬ浅き春

数知らぬ人呑み込みし春の海

加害者となる被曝地の凍返る

斑雪人を助けし死者の辺に

暮れ残る桜の下の津波跡

地震止まず看護師の声裏返る

(筆者註:当時から大道寺は隔絶された拘置所病舎で多発性骨髄腫の闘病中)

風評といふ差別負ふ胡瓜食ふ

原発に追はるる民や木下闇

胸底は海のとどろやあらえみし

 ちなみに句集『棺一基』は、「第6回日本一行詩大賞」を歌人、永田和弘氏の歌集『夏・2010』とともに受賞した。『棺一基』から三年を経て、この間にがんの苦痛に耐えながら新たに詠んだ句から四百九十句を纏めた第四句集『残(のこん)の月』〈太田出版〉が、やはり逸見庸氏、歌人の福島泰樹氏らの尽力で刊行された。この中の震災詠を六句引く。

凍みる地に撒かれしままの放射能

余寒なほ蜒蜒続く瓦礫かな

削られし表土の嵩や冴え返る

海嘯の跡料峭の地にしるし

五月雨るるフクシマすでに忘らるる

被曝せる獣らの眼に寒昴

   “ありがと”と亡き母に女児辛夷咲く

「わたしたちは忘れない」四協会呼びかけの震災詠句集

大道寺句が詠うように時の流れの中で風化が確実に進んでいるのも事実。いまもなお立ち直れずに苦しんでいる多数の被災者への救済の手を差し伸べ続けなければならない。同時に原発依存からの脱却など「教訓」を生かした次なる災害への備えを確実にしなければならない節目の五年と考えたい。

風化は物事を曖昧化し、忘却させて行く。だからこそ日本俳句界を代表する俳人協会、現代俳句協会、日本伝統俳句協会、国際俳句交流協会の「わたしたちは忘れない。十七文字に託す大災害の記憶」の呼びかけに会員俳人が応じ、二千六百句を超える震災詠が集まったのだ。

その結晶である句集『東日本大震災を詠む』(俳句四協会編 朝日新聞出版刊)は、大震災から四年後の二〇一五年三月に刊行。その中から十五句を引く。

 大津波引きたる沼や蘆の角     有馬朗人

 励ますも励まさるるも桜待つ      鍵和田秞子

  避難所に回る爪切夕雲雀       柏原眠雨

 炊き出しの五万食とや三月尽     菊池草庵

  瓦礫にも日溜りのあり犬ふぐり     日下節子

 沖へ手を合はせるばかり入彼岸    西條弘子

  地震後の薄き新聞鳥ぐもり      寒河江桑弓

  廃校の検視所となり凍返る      佐藤景心

 故郷は立入禁止花盛り       篠田洋子

  春寒に入る校庭のテント風呂     鈴木わかば

  春雪の被災地にまた降りつもる    高杉風至

 身の丈の節電ぐらし桜餅       花里洋子*

 三・一一津波がテレビはみ出しぬ   堀越胡流

 山百合は捨身の花か除染の地    宮坂静生

 福島の地霊の血潮桃の花      高野ムツオ 

(*花里さんは東京ふうが同人 俳句結社「春耕」同人)

♪BGM:Chopin[Ballad1]arranged by Pian♪
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